「沖縄対話プロジェクト」を終えて 与那覇 恵子

「沖縄対話プロジェクト」を終えて

沖縄対話プロジェクト共同代表
(元名桜大学教授)
与那覇 恵子

「沖縄対話プロジェクト」立ち上げの背景には「沖縄の戦場化」があった。2021年末日米共同作戦計画で沖縄が「台湾有事」の際に戦場となると県内2紙が報じ、それ以降、急速に進む沖縄の戦場化に抗し「沖縄を戦場にさせない」ための取り組みであった。誰もが戦争は嫌だし、起こさせない努力が重要と考えると思うが、台湾や中国、日本、沖縄、それぞれに、また、それぞれの中に考え方の違いがある。まず「台湾有事」について、「中国が起こそうとしている」と考える中国脅威論と「米国が起こそうとしている」と考える米国代理戦争論がある。戦争反対でも「軍事力増強によって戦争を防ぐことができる」という抑止論的意見と、「軍事力増強によって戦争が誘発される」という沖縄戦の教訓に示される意見とでは真逆の考え方となる。日本国内では「米軍が日本を守る」と考える意見と「米軍が戦争を誘発する」という考え方も真逆だ。それら意見の違い、対立を乗り越え、共通目的として「台湾有事を起こさせない」「沖縄も台湾も戦場にさせない」に辿りつこうとする試みが「沖縄対話プロジェクト」だ。市民による平和外交努力とも言える。
対話プロジェクトは『政治的な立場を超え、「台湾有事」を起こさせないという共通意識を広げる』ことを目的とし、「意見を異にする者同士が相手の意見を尊重しつつ相互に共通点を見出すことで違いを乗り越えていく作業」である「対話」によって戦争を回避する試みであることは発足集会で確認された。ディベートが好きな私は大学でも英語ディベートを教えるが、ディベートでは、意見を異にする者同志がそれぞれの意見を主張し合い、その論理力や表現力などを第三者が評定することで勝ち負けを決定する。互いの意見の違いを乗り越え共通点を見いだすことで問題解決を探る「対話」とは全く異なる。試合となるディベートでは、反論のために耳を傾けるのであるが、対話では、相手を理解するために耳を傾ける。対話をキーワードとするこのプロジェクトは、その手段を含めて私にとって多くの学びを提供する機会となった。
2022年10月15日の発足集会に始まり、台湾、中国のゲストを招いての3回の対話シンポジウム、2024年1月21日の総括集会という流れを振り返って言えることは、台湾や中国の方たちとの対話を通して、お互いを知り理解しあうという最初の段階を達成することができたということだ。台湾の歴史を背景にした複雑な政治社会状況が対面を通して理解できたし、沖縄戦や米軍占領を経ての沖縄の平和への希求、反戦の土壌を戦跡ツアーや対話を通して理解してもらえたと感じた。中国に対する感情は多様だとしても、中国の武力行使による「台湾有事」が台湾の人達には危機として捉えられていないなかで、日本では日本有事として煽られ戦争準備が強化されているという奇妙な状況が浮き上がって見えてきたのは成果だった。実現が危ぶまれるなか、中国からのゲストとの対話が実現できたことも大いなる成果だった。中国側からの意見も中国政府として武力による台湾統一は考えておらず、日米により中国脅威が煽られている現状を警戒、憂慮している状況であることを明らかにするものだった。「台湾も台湾海峡も有事にならない。その前提条件は日本政府が台湾海峡で問題を起こさないことだ」との厳安林さんの指摘は日本への警告として心に留めおくべきものだ。
お互いを知って理解した次の段階として、私たちは違いを乗り越えて共通点を見つけられたのか?違いを認識する場もあったが、戦争は欲していないとの思いは共通していると感じたものの、戦争を起こさせないためにどうするのかという具体的行動を共に考えるところまで行き着くことはできなかった。台湾有事とは何かという認識に違いがあれば、その解決方法に違いが出るという当然のことからして行動としての統一は難しいと言わざるを得ない。しかしながら、国として日本政府が戦争を起こさせないために台湾や中国と対話をしているかとの問いに、殆どが否と答えるだろうことを考えると、政府がやらないことを市民としてやったとの自負は持っても良いのではないか。シンポジウムで台湾や中国の方々の話に耳を傾けて下さった会場の皆さんが、彼等と空間を共有し、共通する問題を真剣に考える時間を共有したことで、同じ東アジアで隣国に生きる人達に親近感を抱き、反戦の気持ちを高める機会になったのではないか、などと思う。オンライン会議が多くなったコロナ後の社会で、顔を見て対話することで人と人は繋がりあうことができるという体験は貴重だったし、それが国と国とが繋がりあう基本だと感じることができた。
「台湾有事」をどう捉えるかの意見は様々でプロジェクトに関わる私たちの間でも異なるが、私個人の意見としては「台湾有事」が言われ始めた当初から、「米国が起こそうとしている」日本を利用した米国代理戦争と理解していた。そのことで誰が得をするか?シンプルに考えれば物事の本質は明らかになってくるものだし、その事件の背景としての歴史が教えてくれたりする。有り難いことに裏付け証拠は全て米国が提供する。ウクライナ戦争の仕掛人が米国であることは、オバマ元大統領も認めたオレンジ革命での米国介入やミンスク合意は最初からロシアを騙すものであったとのメルケル前独首相の証言、2019年のランド研究所レポートなどが示す。裏付け証拠無く台湾有事を言い出したのは米軍トップで、台湾有事とは米国の対中国への軍拡、覇権争いが目的と2022年10月の米国国家防衛戦略に明記されていると軍事評論家の小西誠氏は述べる。2019年からの米国の対台湾政策が、最大規模の武器売却、閣僚・高官の頻繁な派遣、頻繁な軍用機の離発着や米軍艦の航行、米軍顧問団の台湾軍訓練など、かつての対ウクライナ政策と酷似しているとの指摘も重要だ。ウクライナ戦争成功は米軍が後方支援、作戦支援拠点を特定しtheater 戦域を設定したからで、今、日本やフィリピンでもそれをしているとのジェームス・ピアマン中将発言はつい最近だった。
では、今後の課題としては何が挙げられるか?アジアの隣国、台湾や中国との対話は続けられ深められるべきであるが、上記で示したように、やはり東アジアでの危機を煽っている存在として影響力が大きい米国との対話の実現が必要ではないかということだろう。米国市民との対話を通して、東アジアの安全についての意見の違いを乗り越える必要がある。「沖縄の米軍基地が東アジアの平和に貢献している」と安易に言われたりするが、そうだろうか?米軍基地の存在が逆に危機を招いている現状があることを米国市民にも東アジアの隣国の市民にも認識してもらう、沖縄の私たちが抱いている危機感を理解してもらう必要がある。加えて、本来なら最初にすべきことかもしれないが、沖縄と本土との「台湾有事」についてのギャップを埋める必要もある。台湾を訪問して、「台湾有事は日本有事」と安倍晋三元首相が述べ、麻生太郎氏が「戦う覚悟」を強調する日本で、本当に台湾有事は日本有事なのか、日本はどのような戦争を台湾と共に戦おうとしているのか、国民は自らに問う必要がある。対話プロジェクトで台湾の方が語った「中国と台湾の戦争は無いが、中国と米国の戦争はある」との認識は、私には日本よりも台湾が「台湾有事」の本質を掴んでいるということを教えるものだった。この危機は、沖縄だけのものではなく日本のものであるとの認識が日本国民には必要だ。さらに、この危機は「台湾有事」だけではなく「朝鮮有事」にも飛び火しつつあり、あるいは「台湾有事」が勃発しそうに無い場合には「朝鮮有事」が煽られるだろうと考えられ、ますます東アジアの隣国との対話を通しての平和構築を市民の平和活動としてやらなければならない必要性が出てきている。沖縄の私たちにとって、状況は米軍の存在が平和と安全に寄与するものではないことを再確認させるものに過ぎないのであるが、東アジアを戦場にしないために市民としての努力を続けよう。