「台湾有事」を起こさせない・沖縄対話プロジェクトに関わって
上里賢一
沖縄対話プロジェクト呼びかけ人
(琉球大学名誉教授)
このプロジェクトに「呼びかけ人」の一人として参加し、多くのことを学んだ。総括集会も終わり一段落したところで、「呼びかけ人」になった経緯や成果、今後の課題について整理しておきたい。プロジェクト全体としては、岡本厚さんや谷山博史さんが中心になってまとめた「メッセージ」が出ており、これをうけて今後もメンバーの緩やかなつながりは維持し、状況の変化に応じて意見交換ができるようにしよう、ということが確認されており、今後も「台湾有事」を起こさせないために、それぞれの立場で活動していくことになる。
岡本さんから「呼びかけ人になりませんか」という誘いがあり、迷うことなくすぐに賛同した。「台湾有事」が喧伝され、辺野古の新基地建設の裏で、故郷の宮古島を含め石垣島・与那国島などで自衛隊基地建設とミサイル配備が急速に進められていくことに切迫した危機感をもっていたからである。そもそも「台湾有事」とは何か、その内容も曖昧なまま中国脅威論が高まり、中国の脅威に備えるという理由で南西諸島の軍事要塞化が一気に進んだ。避難訓練やシェルター設置などが、話題になったりした。沖縄戦の経験から私たちは何を学んだのか、虚しい思いに押しつぶされそうになっていた時期である。
このプロジェクトの成果の第一は、台湾・中国の報告者が率直に台湾・中国の現状を話されたことである。台湾・中国の内部は多様で複雑である。たとえば台湾は、そこに住んでいる人も原住民・本省人・外省人の区別がある。人口のほとんどは漢民族(本省人・外省人)だが、全人口の2%ほどのアミ族やパイワン族など16部族ほどの原住民がいる。本省人は明代以降に大陸から移住した漢民族で、福建系・客家系に分かれる。外省人は戦後国民党とともに入って来た人たちである。中国大陸にも50を越える少数民族がおり、人口・領土とも巨大な国である。北と南、東と西、沿岸部と内陸など、台湾よりも多くの民族をかかえ地域差も大きい。台湾・中国を代表させる報告者の選定は、おそらく誰を選んでも異論が出るだろう。これを承知で人選し、実施したのである。このことの意義は、今後ますます大きなものとして残るだろう。
成果の第二は、いわゆる「台湾有事」が、アメリカによって作られ、日本が追随して煽っているもので、台湾が「現状維持」の姿勢を貫いていく限り、武力による統一の可能性はない、ということが確認できたことである。「台湾有事を起こさせない」という、本プロジェクトの趣旨の実現のため、南西諸島の軍事要塞化や「敵基地攻撃力」のためのミサイル配備など、国内における戦争準備に反対していくことの大切さを自覚させられた。
第三は、沖縄の若者が会議の進行・通訳・報告者・コメンテーターなどの大役を担い、今後の沖縄の進路に一定の展望を開いたことである。沖縄には沖縄の研究者が中心になって、台湾・中国の研究者と連携して作っている民間の研究組織がある。「琉中歴史関係国際学術会議」(以下「琉中学会」と略)である。1986年に第1回大会が台北で開かれてから、2年に1回のペースで沖縄・台湾・中国で持ち回りで開かれおり、第18回大会が、2024年11月に福建師範大学で開催予定である。さらに、沖縄県の文化事業として国際的にも注目されている「歴代宝案」編集事業では、沖縄県教育庁と中国の第一歴史档案館が協定を結んで、史料提供・研究交流を進めている。すでに30年を越える巨大プロジェクトだが、事業はまだ継続している。これに加え県内大学の研究交流の実績も豊富にあり、これらの実績は今後の沖縄と台湾・中国との交流の参考になるであろう。
課題を一つ述べたい。同時通訳の養成の必要性である。1990年代に、大田昌秀県知事のもとで策定された「国際都市形成構想」があった。その構想の実現のために、英語と中国語の同時通訳の養成が県の事業として立ち上がったが、県知事が変わるとその事業もしぼんでしまった。同時通訳は、英語や中国語を政治・行政、安全保障・基地、貿易・経済、医療・衛生などの専門分野について、その緊急性に応じて順番をつけて計画的に進めていこうというものであった。今度のプロジェクト実施に際して、中国語の話せる研究者はいるが、台湾・中国の政治・外交・安全保障・軍事について中国語で議論できる専門家が、沖縄に少ないことを痛感させられた。
これから、中国の存在はますます大きくなると言われる。好きとか嫌いとか言っておれない。否応なく隣人として付き合っていかなくてはならない。貿易や旅行などで双方の人・物の移動は拡大していくに違いない。言葉は交流を支え、人と人の理解を深める基本である。外国語の習得には、長い時間と多様な経験が必要である。今回のように専門的知識を必要とする通訳は、一朝一夕には育たない。長期的な計画のもとに時間をかけて育てるものである。
沖縄県に地域外交室が新たに設置された。ここで是非、英語と中国語の同時通訳の養成に取り組んでもらいたい。中国との交換留学生派遣や青年・学生の交流に力を入れてもらいたい。そのためには、琉球大学をはじめ県内大学の台湾・中国との交流事業とも提携して中・長期計画を策定し、その中に同時通訳養成を組み込んで欲しい。沖縄を東アジアにおける平和構築の拠点とすることを目指し、国際会議を活発に開き、貿易を拡大し研究交流を盛んにするためにも、同時通訳養成は沖縄が緊急に取り組むべき課題である。
先に紹介した「琉中学会」や「歴代宝案」編集事業など、この40年近い学術交流の経験から、学術交流における主体性の保持、研究の自由やタブーとの闘い、それぞれの国(地域)の政治権力との距離の取り方等、沖縄には多くの経験がある。中国との六百年の交流の歴史は、日本の他の地域にはない大きな財産である。これからも試練はあるだろうが、沖縄の歴史と地域特性を生かして台湾・中国との対話の結節役となりたいものである。幸いなことにそれぞれの地域で、その担い手となるべき若手は着実に成長している。本プロジェクトは、沖縄が台湾と中国の潤滑油の役割を果たせる可能性を示すものになったのではないだろうか。